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call [1985年1月~3月]

作詞・作曲:小田和正 編曲:オフコース '85年2月21日(木)発売 歌:オフコース
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B15269
オフコース28作目のシングル「call」は1985(昭和60)年2月21日に発売され、3月4日付のオリコンチャートで7位に初登場。100位以内登場9週、売上12.7万枚。初登場TOP10入りは、4人編成で再スタートした第1作「君が、嘘を、ついた」以来3作ぶり。間の2作「夏の日」と「緑の日々」は「君が、嘘を、ついた」が先行シングルだったアルバム『The Best Year of My Life』からのカット作だった。
'84年の秋、次のアルバム制作が予定されていたが、「シングルを2枚作ってコンサートをしよう」というメンバーの意向により、この時点でのアルバム制作はキャンセルされた。このシングルはその2枚のうちの1枚目。
サビは力強く。最後の♪つづーけてー~は息が続く限り伸ばしてみよう。
オリジナルアルバムには未収録で、ベスト・アルバム『IT'S ALL RIGHT OFF COURSE SELECTION III 1984-1987』('87年7月5日発売)に収録された。また、この曲はランディ・グッドラムによる英語詞に置き換えられて「SECOND CHANCE」と改作され、アルバム『Back Streets of Tokyo』('85年8月1日発売)に収録された。
ここで歌われている“call”は“telephone call”。電話での別れ話をモチーフにした。
電話を受けた主人公は、“ふられた女”の別れ話を打ち明けられた野暮な役まわり。ゆえにこの歌の放つ世界もさほど深刻ではないのだが、だからといって陽気ではない。そんな複雑な心境を小田和正がヒリヒリした痛いロック・サウンドに乗せて歌う。
アナログ盤のEPレコードの初回盤には、表に1985年のコンサートツアー・スケジュール、裏に同ツアー初日の4月26日、千葉県文化会館でのオープニング・ナンバー曲名当てクイズについて記述されている別紙が添付されていた。答えは「恋びとたちのように」で、正解者には抽選で「オフコース・コール・ウォッチ」がプレゼントされた。
オフコースは4人編成になってから解散するまでの3回のコンサートツアーを、すべて千葉県文化会館でスタートしている。「The Best Year of My Live」は'85年4月26日、「as close as possible」は'87年4月17日の、「STILL a long way to go」は'88年6月9日。小田氏はソロになってからも最初のツアー「Far East Club Band K.Oda Tour 1990」を'90年5月31日に同会場でスタートしている。
B面の「2度目の夏」はギターの松尾一彦が作曲し、ヴォーカルを担当している。作詞はオフコースには初めての書き下ろしとなる秋元康。この頃、秋元氏が書いた「一気!」のヒットでとんねるずがブレイクしてきた。さらにその後、おニャン子クラブデビューの仕掛け人にもなるのだが。
秋元氏の出世作といえば、稲垣潤一の出世作でもある「ドラマティック・レイン」だが、オフコースに詞を提供したきっかけについて「そもそもの出会いはね、稲垣潤一のスタジオで。オフコースのメンバーもレコーディングに協力していたでしょ。松尾さんが曲を書いていたりと…」「稲垣潤一のスタジオをやっていた頃から、いつかオフコースにも詞を書いてくれ、っていわれたりしていて、『2度目の夏』と『LAST NIGHT』のころから、書き出したんです」と、'85年秋のファンクラブ会報用のインタビューで答えている。

この3枚組CDのDISC-3の4曲目に収録

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