So-net無料ブログ作成
検索選択
1989年7月~9月 ブログトップ
前の10件 | -

黄砂に吹かれて [1989年7月~9月]

作詞:中島みゆき 作曲・編曲:後藤次利 '89年9月6日(水)発売 歌:工藤静香
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36665
1989年9月28日は「ザ・ベストテン」(TBS系)の最終回だった(計603回)。つまり、今日からちょうど20年。というわけで、今日は最終回の1位ランク曲で、工藤静香の8thシングル「黄砂に吹かれて」を紹介する。本人出演の太陽誘電カセットテープ「That's」のコマーシャルソングで、最後のアナログ盤。
「ザ・ベストテン」では9月21日放送で2位に初登場。このときは緊張のためか、歌詞を間違えている。今では歌番組では歌詞が字幕スーパーで出るのは当たり前だが、当時は1つの曲がベストテン内にランクインして初めて番組で歌うときか、もしくは「今週のスポットライト」コーナーに登場したときしか歌詞が字幕表示されなかった。
オリコンチャートでは9月18日付で1位に初登場し、5作連続6作目の1位獲得。以降、10月23日付まで6週連続1位を記録した。これは'83年5月25日発売の薬師丸ひろ子「探偵物語/すこしだけやさしく」が7週連続('83年6月6日付~7月18日付)獲得して以来の好記録。女性アーティストではこれ以降、6週以上連続1位獲得は記録されていない。オリコンでのトータルセールスは58.6万枚で、100位以内には22週登場した。
作詞家として静香に数多くの楽曲を提供した中島みゆきが、同年11月15日に発売したアルバム『回帰熱』でセルフカヴァーしている。こちらは歌詞が一部変更されている(http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B24862)。静香が「MUSIC FAIR」(フジテレビ系)にて変更された歌詞で歌ったこともある。

この3枚組CDのDISC-1の13曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

太陽がいっぱい [1989年7月~9月]

作詞・作曲:大江千里 編曲:中村哲 '89年7月20日(木)発売 歌:光GENJI
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36169
1989年の光GENJIはシングルを2枚しかリリースしていない。
7thシングルとして7月20日に発売された「太陽がいっぱい」は、当時人気上昇中だったシンガーソングライター、大江千里が書き下ろしたもの。前年の'88年に「光GENJI 太陽がいっぱい」のビデオがリリースされているが、それとは無関係。
7月31日のオリコンチャートで1位に初登場。その後、8月21日付から9月11日付まで4週連続、計5週1位を獲得している。'89年の年間チャートでは第4位。
この理由として、7月20日から8月31日まで7週続けて木曜日に違うデザインのジャケットを発売したことが挙げられる。EPレコードは3つ折り仕様で、うち1面はメンバーのうち1名のポートレイトになっているため、7作集めるとメンバー7人全員のポートレートが入手できた。さらに10月28日にはB面の「時をこえたフェスティバル」をメインタイトルとした別ジャケットも出荷された。
'87年8月19日のデビューから日の出の勢いだった光GENJIは、'89年3月9日発売の前作「地球をさがして」がデビュー曲「STAR LIGHT」の48.9万枚を若干下回る47.2万枚にとどまり、何としても下降に歯止めをかけようと、発売元のポニーキャニオンが必死だったのだろう。その結果、売上は69.3万枚となり、2nd「ガラスの十代」、4th「Diamondハリケーン」の68.1万枚を若干上回った。100位以内には23週滞在した。
まだ年末の賞レースが花盛りだった'89年、この曲で「第15回日本テレビ音楽祭」(日本テレビ)、「第18回FNS歌謡祭」(フジテレビ)、「第15回全日本歌謡音楽祭」(テレビ朝日)、そして「第20回日本歌謡大賞」といった大賞を獲得した。前回、「パラダイス銀河」で大賞だった「第31回日本レコード大賞」では金賞。「第40回NHK紅白歌合戦」でもこの曲を歌い、バックダンサーではまだ無名に等しかったSMAPもいた。
ちなみに歌謡大賞は第1回から「テレビ朝日(当初の局名は「NETテレビ)→テレビ東京(当初の局名は「東京12チャンネル」)→フジテレビ→日本テレビ」のローテーションで毎年放送されていたが、前年の第19回は昭和天皇のご病気のため、「日本レコード大賞」「日本有線大賞」「全日本有線放送大賞」以外は開催が取りやめられ、'89年の歌謡大賞はフジテレビが1年遅れで中継を担当した。
7月12日放送の「夜のヒットスタジオDELUXE」(フジテレビ系)で初披露した際、作詞・作曲の大江千里と一緒に出演し(千里さんはマンスリーゲストだった)、千里さんのコメントを兼ねながら目前で歌を披露した。
千里さんは2003年12月3日発売のアルバム「home at last~Senri Sings Senri~」でこの曲を編曲、セルフカヴァーしている。もともとライヴで自ら歌うことが多かった。
光GENJIといえば、初期の一連の曲にみられるように、CHAGE and ASKAによる楽曲のイメージが強いが、千里さんが初めて光GENJIに楽曲を提供したのは、'89年2月20日発売の11曲入り3rdアルバム『Hey! Say!』の9曲目「出逢い」。翌'90年には「みつめていたい」(シングル「CO CO RO」のc/w。フジテレビ「ひらけ!ポンキッキ」挿入歌)を提供している。
「ザ・ベストテン」(TBS系)では8月10日~9月21日まで7週連続1位。番組最終回となった9月28日では「黄砂に吹かれて」(工藤静香)にその座を明け渡した。
光GENJIは翌'90年から毎年定期的に4枚シングルをリリースするというスタイルが続くが、勢いは次第に失っていき、気が付けば売上は10万枚がやっと、そして割り込むようになり、'94年にはメンバー2人が脱退。「光GENJI SUPER 5」と改名したが、その1年後に解散した。
'90年代に入ってからの光GENJIは、CDを聴いてもわかるようにコーラスワークを重視した作品が多く、今聞いても名曲だなと思えるものはあるが、ランキング番組が終了するなど歌番組が急速に少なくなった時点で、光GENJIの音楽界における役目は終わっていたのかもしれない。

このCDの5曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

世界でいちばん熱い夏 [1989年7月~9月]

作詞:富田京子 作曲:奥居香 編曲:プリンセス・プリンセス、笹路正徳 '89年7月1日(土)発売 歌:プリンセス・プリンセス
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=2797
平成元年といえば、プリンセス・プリンセスが大ブレイクした年だ。
昭和63年10月21日発売の6thシングルで、フジテレビ系ドラマ「君が嘘をついた」主題歌に起用された「GET CRAZY!」のヒットから弾みをつけ、平成元年4月21発売の7thシングル「Diamonds-ダイアモンド-」がオリコンチャートで1位になるほどの大ヒットでバンドの知名度は一気に上昇。その勢いを買い、2ndシングル「世界で一番熱い夏」を8thシングルとして7月1日に再リリースした。
オリジナル版は昭和62年7月16日発売。当時ガールズバンドは、まだ認知度や大衆性が薄かった。その中で発売されたこの作品は、自作曲にこだわりたいバンドの意向に沿い、デビュー作と異なるセルフプロデュース。ドラム担当の富田京子が作詞、ヴォーカル担当の奥居香が作曲した。しかし、発売当初は知名度の低さ、売り込みの不十分さもあってオリコンシングルチャートにチャートインすることなく、全くヒットしなかった。
ただ、私は初回発売当時からこの曲を認知していた。昭和62年といえば、デーモン小暮がMCを務め、邦楽の新作PVを紹介する「ビデオジャム」というテレビ朝日の深夜番組があり、パートナーとして、香姉ぇと、今もbayfmやTBSラジオで音楽パーソナリティを務めている中村貴子が週ごとに交互に務めていた。この番組の中で「世界でいちばん熱い夏」のPVが流れ、砂漠の中で歌っている姿を今でも覚えている。
再発売にあたり、当時としては珍しくEPレコードとしての発売はなく、CDのみ。1曲目はオリジナルで、「平成レコーディング」と名付けられたc/wには同曲をリアレンジしたヴァージョンが収録されている。ちなみにレコード盤のB面は、10曲入り1stアルバム『TELEPORTATION』のラストに収録されている「ヴァイブレーション」。
7月10日付のオリコンチャートで1位に初登場。1位はこの1週のみだったが、平成元年の年間チャートでは2位を記録。「Diamonds」と1、2位を独占した。これは前年に光GENJIが1~3位を「パラダイス銀河」「ガラスの十代」「Diamondハリケーン」で独占したのに続く史上3組目の記録である。最終的な売り上げは86.5万枚、100位以内登場40週。
また、オリジナル、平成盤ともにテレビ朝日系番組のタイアップに使用されている。オリジナル盤は「世界どっきりウォッチ」、平成盤は「いつか行く旅」と、いずれも海外をテーマにした番組であり曲調とマッチしている。
平成13年には、香姉ぇが後に結婚した岸谷五朗が主演を務めたTBS系ドラマが、本作をもじり「世界で一番熱い夏」と付けられ放送された。楽曲やメンバーと直接なつながりは無かったが、この放送をきっかけに、マキシシングルで再発売された。この再発盤では「Diamonds」をc/wとして収録。内容はどちらもオリジナルバージョンにリマスタリングを施したもの。
その後、ベスト版には平成版が収録されている。オリジナルには2小節のイントロに続き♪8月の風を~、と歌われているが、平成盤ではイントロがなく♪Hold me tight, darling~とサビで始まっている。ライヴではこのイントロがない方を使っており、本人らが、最初のヴァージョンに不満があったものと推測できる。曲調はバンド音が強くなって、細かいアレンジが削られている。演奏時間はオリジナルが3分44秒、平成盤が4分11秒。
現在ではオリジナルヴァージョンのCDを入手するのが困難で、そういう意味では、c/wとしてオリジナルが収録されたCDシングルを今も個人的に所有しているのは貴重だ。

平成レコーディングはこのCDの3曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

GLORIA [1989年7月~9月]

作詞・作曲:森重樹一 編曲:ZIGGY 編曲:ZIGGY、佐藤宣彦 '89年7月26日(水)発売 歌:ZIGGY
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37007
9月10日の「MUSIC SALAD」(bayfm)の番組最後にかかる曲のリクエスト(通称「サラドレ」)で、5曲の中から1位になってオンエアされたのは、「GLORIA」だった。
歌っていたのは1984年に森重樹一(もりしげ・じゅいち、vo)を中心に結成されたロックバンド「ZIGGY」。ヴィジュアル系バンドのはしりとも言われる。当時は4人組で、他のメンバーは戸城憲夫(としろ・のりお、b)、松尾宗仁(まつお・そうにん、g)、大山正篤(おおやま・まさのり、dr)。
'88年、アルバム『HOT LIPS』からシングルカットされたのが初回発売だが、'89年7月3日~9月25日のフジテレビ系月曜21時台(通称「月9(げつく)」)でオンエアされたドラマ「同・級・生」主題歌として再発売され、大ヒットした。オリコン最高位3位、100位以内登場24週、売上32.9万枚。当時所属していたレコード会社は徳間ジャパンコミュニケーションズ。「ザ・ベストテン」(TBS系)にも出演し、9月28日の最終回にもランクされた。
「同・級・生」は、柴門ふみの漫画が原作でビッグコミックスピリッツ(小学館)に連載された。ドラマの内容は有名広告代理店に勤める若手エリートサラリーマンの主人公と彼の周辺の人間との間に繰り広げられる恋愛模様で、当時絶頂のいわゆる「トレンディドラマ」。バブル期に見られる「トレンディドラマ=優柔不断男」の象徴を緒方君が熱演した。
初回視聴率の14.0%は当時の月9歴代ワースト記録だったが、最終回は20%を越えている。他の主な出演者は安田成美、菊池桃子、石田純一、山口智子、勝俣州和、宅麻伸。そして当時フジテレビ入社2年目のアナウンサーであった中井美穂もレギュラー出演したことでも話題になった。カメラ目線でNGになることが多く、「普段カメラを見て喋るのが仕事なので癖になっており、カメラを意識せずに演技するのは苦労した」と語っていた。
脚本は坂元裕二だったが、「柴門・坂元」コンビといえば、'91年1~3月期に月9枠でオンエアされた「東京ラブストーリー」が、小田和正が歌った主題歌「ラブ・ストーリーは突然に」とともに社会現象となった。
「GLORIA」のバンドスコアが掲載された本を持っているのだけれど、今でも年に1度は主旋律、コーラス、ベース、ギター、キーボード、ドラムスそれぞれを見ながら聞いている。つまり1回ラジカセで聴くにあたり、6回は続けて流す。
Aメロ、Bメロ(1回目のBメロと歌詞は同じ)、Aメロ、Bメロ、サビという順で1コーラス目が終わったあとのベースソロのリフレイン部分で、まず鳥肌が立つ。2コーラス目はBメロ(ここも歌詞は同じ)から始まり、サビ(1コーラス目と歌詞は同じ)を繰り返す。
最後に♪GLORIA GLORIA~と歌うのだけれど、1回目を歌い終わった直後からリタルダンドになり、そこで急に涙腺が緩む。そしてロックらしくドラムを速くたたいて終わるときはもう号泣ものだ。
「GLORIA」の大ヒットでZIGGYの知名度は飛躍的に上がったが、これ以前からのファンに「ZIGGYはロックではない」とそっぽを向かれる事となってしまい、森重さんをはじめメンバーはこの曲のヒットの影に悩まされ続ける事となった。
そして'92年9月からはメンバーの脱退・加入・復帰、活動休止を繰り返し2008年2月に無期限の活動休止を発表。休止時のメンバーは森重、松尾、宮脇“JOE”知史(dr)の3人。しかし「GLORIA」は今でもバブル世代には人気の曲でカラオケでよく歌われる。

この2枚組CDのDISC-1の6曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

紅-KURENAI- [1989年7月~9月]

作詞・作曲:YOSHIKI 編曲:X '89年9月1日(金)発売 歌:X
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37776
1989年、アルバム『BLUE BLOOD』でメジャーデビューを果たした5人組ロックバンド「X」(後に「X JAPAN」と改名)は9月1日、『BLUE BLOOD』からシングルカットした「紅-KURENAI-」を1stシングルとしてリリースした。9月11日付のオリコンチャートで5位に初登場。100位以内登場39週、売上31.3万枚。同年の第22回日本有線大賞最優秀新人賞受賞曲。'92年の第43回NHK紅白歌合戦でも演奏された。ほとんどのX JAPANのコンサートで披露されている。
オリジナル・ヴァージョンと違い、前奏のストリングスの部分がカットされており、HIDEのギターによる静かなアルペジオ(bpm=94)から激しいロック調(bpm=155)へ曲調が変調する。TV放送の場合、このHIDEのギター前奏部分は、YOSHIKIのピアノに置き換えられたり、前奏そのものがカットされて始まることもある。コンサートでは必ずこの変調直前でヴォーカルのTOSHIが「クレナイダーッ!!」と叫ぶのが恒例であった。タイトルを叫ぶのは「紅」を演奏したての頃によく「べに」と間違われることがあったためだと言われる。この「クレナイダーッ!!」の叫びは'92年の紅白出場時にも行われている。
インディーズ時代から度重なるリメイクを経て一時期はボツ曲扱いとなってしまうが、HIDEとTAIJI(当時のベース担当)がリメイクし、現在のメロディーが出来上がった。インディーズ盤に収録されているものまでは「何かに追われるよう」に当たる部分のメロディーの最後を上げていたが、メジャー盤以降のアレンジでは現在の歌いまわしに変わっている。(但しライヴでは、メジャーデビュー以降も音を上げて歌う事がある。)
発売から20年経過したが、現在も高校野球の応援曲として定番であり、ブラスバンドが頻繁に演奏している。また、復活第一弾楽曲の『I.V.』では歌詞の一部が英訳されている。
c/wはT・レックスの代表作で、最近では映画「20世紀少年」シリーズのテーマソングとして再認識されている「20th CENTURY BOY」のカヴァー。'89年6月10日に日比谷野外音楽堂で行われたライヴで歌われたものが収録されている。作詞・作曲は当時すでに他界していたT・レックスのヴォーカル、マーク・ボラン。キーが上げられ、若干アレンジされており、中間部ではTAIJIのスラップなどが目立つ。また、ライヴではTOSHIや観客がモンキー・ダンス(両手を前で前後に振って縦ノリのダンスをする)をするのがお約束だった。
なお、シングル1曲目と2曲目の間、1分ほど当時の「紅」のライヴバージョンが収録されている。このライヴバージョンは「X」名義時代のベストアルバム『X Singles』においても収録されている。
'97年にTOSHIが脱退したことで一度は解散したX JAPAN。メンバー間の不仲も伝えられたが、翌年にHIDEが急死したときは、告別式でYOSHIKIのピアノに合わせ、TOSHIがX JAPANとしての代表曲「Forever Love」を歌った。この曲はHIDEと同じ横須賀市出身の小泉純一郎元首相が大変好きな曲としても知られている。
'07年、ファンが待ち望んでいた再結成を果たすと、ライヴでは「紅」のイントロのアルペジオ部分をHIDEの映像で再現している。もちろんTOSHIの「クレナイダーッ!!」も健在だ。
また、YOSHIKIはX JAPAN復活後のトークライヴで「TOSHIがこの曲をやると寄ってくる」と語っている。YOSHIKIといえば激しいドラミングが持ち味だが、演奏中に意識が遠のく中、TOSHIが寄りかかったり水を掛けたりするため、そのたびに我に返るらしい。そしてTOSHIがそういった風に自分をいじってくれるのが嬉しかったとのこと。
7月7~9日の産経新聞で掲載されたインタビューでYOSHIKIはこう話している。
「「X JAPAN」はTOSHIのヴォーカルなしでは成立しませんし、HIDEの急死は今でも受け入れがたいものがあります。TOSHIが戻っての再結成でもHIDEのギターは不可欠でした。彼の残した録音を編集し、ライヴでも一緒に録音しましたが、そう決意をするだけでも長い時間が必要だったのです。涙を流しながらの編集も、完璧を期するために気の遠くなるような仕事になりました」

このCDの1、2曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

EQUALロマンス [1989年7月~9月]

作詞:及川眠子 作曲:山口美央子 編曲:中村哲 '89年9月6日(水)発売 歌:CoCo
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E10848
1989年9月6日、フジテレビ系の番組「パラダイスGoGo!!」で誕生したアイドルグループ「乙女塾」から、生年月日順に宮前真樹('73年1月16日生)、羽田惠里香('73年3月7日生)、瀬能あづさ('73年4月3日生)、三浦理恵子('73年9月1日生)、大野幹代('74年6月17日生)の5人が選抜されデビューした。それがCoCo。
途中からあっちゃんが脱退して4人になったが、'94年8月21日に解散するまでの5年間、私もかなりに夢中になった。'92年1月19日から、解散当日(ともに東京ベイNKホール)まで、何度もコンサートを見た。ファンクラブにも入っていた。
実は、「パラダイスGoGo!」という番組は一度も見ていない、フジテレビといえば、かつて平日17時台に放送されていた「夕やけニャンニャン」から生まれたおニャン子クラブが一斉を風靡していたが、自分自身がもうおニャン子で満足していたし、当時私は大学浪人中で、そこまでアイドルに熱中している余裕がなかった。そのため、ようやく自分がCoCoに夢中になったのは、8枚目のシングル「夢だけ見てる」('91年12月4日発売)の頃だ。
理恵子ちゃんは現在、TBS系水曜21時台でオンエア中のドラマ「となりの芝生」に出演している。さらに、乙女塾のもう一つの人気グループだったribbonには永作博美がいた。この2人が女優として活躍している以外、今でも芸能界で活躍している人がいないせいもあってか、この両グループ、そして乙女塾は歴史に語り継がれるというレベルにはならなかった。それはCoCoがデビューした'89年9月は「ザ・ベストテン」(TBS系)がまさに終わろうとしている頃で、両グループが活躍していた時期は「アイドル冬の時代」だったこともある。
デビュー20年を機に、CoCoについての思い出話を解禁する。まずは、もちろんデビュー曲「EQUAL(イコール)ロマンス」から。オリコン最高位7位、100位以内登場10週、売上11.9万枚。'90年3月14日発売の10曲入り1stアルバム『Strarberry』には2曲目に収録。ちなみに、解散するまでにCoCoがリリースしたアルバムのタイトルの頭文字はすべて“S”だった。
フジテレビ系「らんま1/2」の2代目エンディングテーマとして使用された。
今年ま、この曲は福圓美里(ふくえん・みさと)まのデュエットとしてアルバム『ロザリオとバンパイア アイドルカバーベスト』に収録。アニメ「ロザリオとバンパイア」では'80年代のアイドルシンガーの楽曲カバーが多く歌われている。
さて、「EQUALロマンス」の話をしよう。初めて女性アイドルグループのコンサートを見た私は、今では普通だが、観客が入れる“合いの手”に衝撃を受けた。
サビが歌い出しになっている。♪Darlin' Just for me 待ってるわ~なのだが、直後に「FuFu!」と観客が叫ぶ。直後の♪あなたの指先が~の部分で上下に人差し指を指しながら腕を振る踊りも観客も合わせ、早くも一体化する。たまに、最初の“Darlin'”の直後に数秒間の空白を設け、“Just”のところで紙テープが観客席めがけて飛び散るという演出もあった。
c/wの「乙女のリハーサル」は、作曲が岩田雅之で、作詞と編曲は「EQAULロマンス」と同じ。こちらも『Strawberry』の4曲目に収録されている。
いいね。“大人になる日までは いつもI・N・G”という詞が。ここではメンバー5人のソロパートがある。今、こうして原稿を書きながら聴いていると、「魅惑のキャットヴォイス」こと理恵子ちゃんは別格として、他の4人の声も聞き分けられるんだよね。
作詞の及川眠子(おいかわ・ねこ)はこの頃、Winkに提供した「淋しい熱帯魚」が大ヒット中だった。

このCDの1曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

DIVE INTO YOUR BODY [1989年7月~9月]

作詞:小室みつ子 作曲・編曲:小室哲哉 '89年7月21日(金)発売 歌:TM NEWWORK
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=34905
TM NETWORKが平成元年7月21日に発売した「DIVE INTO YOUR BODY」はバナナラマ、カイリー・ミノーグなども手掛けるPWLのピート・ハモンドがミックスしたダンスビート。7月31日付のオリコンチャートで2位に初登場。100位以内登場13週、そして当時自己最高となる30.3万枚の売上を記録した。
B面は同曲のSingle Instrumental Mixで、カラオケのようなもの。B面の方は、1サビ目からの間奏が1フレーズ長い。
購入者特典として、「DIVE INTO YOUR BODY」のリミックスバージョン(12”CLUB MIX) が用意された。なおこのヴァージョンは平成16年にリリースされた、インターネット投票によるベストアルバム『Welcome to the FANKS!』に収録されている。
イントロの音程はこんな感じ。
ドラムの「タータッタッタタ」に続き、キーボードで♪ミーレードーシーラーシードー ミーレードーシーラーシードーシードーレミ、続いて♪(ラーラーララーシードシーラーソソー ラーラーラーラーシードシーラーソミー)×2
コーラス部分は♪La-la-lala-la-lala-la-lala-と歌われるが、2回目の最後の「la」が1回目のソではなく、高いミになるところがたまらない。もうこのコーラスを聴くだけでもう踊らずにいられない! 発売当初の曲評には「3回聞くと九官鳥のQちゃんでも歌えるほど耳に残るメロディ。夏のキャンプに合宿に、海水浴に、デートにこの1曲さえあれば気分はFeel So Good」と書かれている。それだけキャッチーなのだ。
当時、放送されていたTBS系ラジオ番組「TM NETWORK COME ON FANKS!」にて、この曲を「ザ・ベストテン」(TBSテレビ系)にリクエストしようと呼びかけたところ第6位にて登場し、その際木根尚登が「1位になったらサングラスを取る」と宣言したが、結果は最高3位だった。
小室哲哉はエイベックスと契約せず、ずっと「ソニーの小室哲哉」でいた方が、まともな音楽人生を送れたかもしれない。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

LOVE SONG [1989年7月~9月]

作詞・作曲:飛鳥涼 編曲:飛鳥涼、十川知司 '89年6月21日(水)発売 歌:CHAGE & ASUKA
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36438
あと1ヵ月少しでデビューから丸30年を迎えるCHAGE and ASKAであるが、今年は無期限の活動停止宣言をし、ファンをがっかりさせた。今年は各々がソロツアーを行い、二人は引き続き独自の音楽を追求していく。
今日紹介するのは「LOVE SONG」。平成元年6月21日に発売された。この年からアーティスト表記を「チャゲ&飛鳥」から「CHAGE & ASUKA」としたが、英語圏の人から「ASUKA」が“アスーカ”と読まれるので、翌年に「S」と子音っぽく読めるように「CHAGE & ASKA」とした。現在は「CHAGE and ASKA」。
3月8日の「WALK」発売からわずか3ヵ月後に発売されたこの曲は、当時はオリコン最高位20位、100位以内登場9週、売上3.2万枚だった。8月31日発売の2枚組アルバム『PRIDE』にはDISC-1の1曲目に収録されている。
初回発売当時は、バンドブームの真っ最中であった。その中で自分たちの音楽が流行の中で振り回されることなく、温もりのある音楽を作り続けたい、歌い続けたいという強いメッセージが歌詞に込められている。制作当初は「SOUL」というタイトルだった。
サビはヴォーカルのかけ合いが2フレーズ続き、最後にASKAが♪君が思うよりも 僕は君が好き~と歌っているが、このフレーズにしびれた女性は多かったんじゃないかな。
が、3年の「SAY YES」の記録的ヒットでチャゲアスが大ブレイクし、その後もシングル、アルバムが軒並み大ヒット。
4年、その勢いを受けて3月25日にベストアルバム『SUPER BEST Ⅱ』が発売され、同時に「WALK」「LOVE SONG」がシングルCDとして再発売。「WALK」「LOVE SONG」ともに『SUPER BEST Ⅱ』に収録されているが、「LOVE SONG」はシングルCDもベストアルバムもリミックスされている。
「WALK」のc/wは「抱いたメモリー -as time goes by-」のままだが、「Braek an egg」(『PRIDE』5曲目収録)から「ロマンシング・ヤード」(昭和62年10月5日発売のシングル)に代わった「LOVE SONG」はJAL'92沖縄キャンペーンCMソングとなり、4月27日付のチャートで1位を記録。トータルとしてこのシングルCDは100位以内登場17週、49.9万枚を売り上げた。
このように、「WALK」と「LOVE SONG」は平成4年のヒット作なんだけど、私個人としては、特に「LOVE SONG」が「ザ・ベストテン」(TBS系)の「今週のスポットライト」に取り上げられ、チャゲアスがコンサート会場で歌ったのを覚えているので、平成元年の歌として認識している。そう、9月に最終回を迎えようとしていたベストテンがまだあったのだ。同番組にチャゲアスは過去に「万里の河」「モーニングムーン」で出演しているが、「LOVE SONG」はベストテン入りには至っていない。
なお、「LOVE SONG」は今年、D-51がアルバム『Daisy』でカヴァーしている。編曲はオリジナルと同じく十川知司が担当。

この2枚組CDのDISC1の1曲目に収録

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

涙の太陽 [1989年7月~9月]

作詞:湯川れい子 作曲:中島安敏 編曲:関根安里 '89年7月26日(水)発売 歌:田中美奈子
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35848
昭和48年に安西マリアが歌ってヒットした「涙の太陽」のカヴァーで歌手デビューしたのが田中美奈子。当時は自らの瞳に1億円の保険をかけたことで話題になった。オリコン最高位18位、100位以内登場11週、売上5.2万枚。
オリジナルはホーンセクションがメインだが、このカヴァーでは♪タラランラランタンララン~とキーボードで奏でられている。
オリジナルとの決定的な違いは1、2コーラス目の前と、2コーラス目の後に英語の歌詞が書き加えられている。
それぞれ女性コーラスで、1コーラス目の前は♪Take me Take my heart Take me Take my heart Take me Take my heart and all♪、2コーラス目の前は♪Love me Hold me tight Love me Hold me tight Love me Get me…Hold me tight♪と歌われる。
そして2コーラス目の後が新たにできた3コーラス目となり、Aメロは
♪TAKE ME TAKE ME TAKE MY HEART AND ALL I WAS BORN TO BE YOURS LOVE ME LOVE ME GET ME HOLD ME TIGHT NOW I’M CRYING IN A STORM♪
Bメロ、そして再びAメロと歌われる部分は2コーラス目と同じ歌詞。

このCDの1曲目に収録


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

歩いていこう [1989年7月~9月]

作詞:KAZUYA、JUNTA 作曲:JUNTA 編曲:JUN SKY WALKER(S) '89年6月21日(水)発売 歌:JUN SKY WALKER(S)
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37240
7月23日付のオリコンチャートで1位になったのは、Golden Circle feat.寺岡呼人/松任谷由実/ゆずの「ミュージック」だった。
寺岡君はゆずのプロデューサーとして知られる。途中脱退したけど、彼がその昔したロックバンドが「JUN SKY WALKER(S)」(通称「ジュンスカ」)である。平成初期のバンドブームの一翼を担った。
自由学園の学生だった宮田和弥(Vo)、森純太(G)、伊藤毅(B)、小林雅之(Dr)によって結成。'80年後半、ホコ天で絶大な人気を誇った。
'88年2月に伊藤君が脱退し、寺岡が加入。同年5月トイズファクトリーよりメジャーデビュー。翌年デビュー1年目にして日本武道館でライブを行なっている。
彼らの人気を決定づけたのが「歩いていこう」。オリコン最高位12位、100位以内登場14週、売上8.1万枚。何かのCMソングだと記憶していたが、今調べてみたらパナソニックの「ヘッドホーン・ステレオS」CMソングだったことがわかった。
爽快な気分になれるタテノリのロックンロールだ。気分が落ち込んでいる人はこの曲を聴いて、歌詞にある通りに前を向いて歩いていこう! サビの♪WOO-~を聴くだけでも、文化祭でバンドを組んで歌いたくなると思うよ。個人的には間奏のギターソロがとっても好き。
続くシングル「白いクリスマス」はオリコン1位を獲得した。今回の「ミュージック」が寺岡君にとってそれ以来のオリコンシングル1位。
バンドはその後'93年9月に寺岡君脱退、11月に伊藤が再加入。'94年EPIC・ソニーレコード(現「エピックレコードジャパン」)に移籍。'97年1月、解散を発表し同年6月14日日比谷野外音楽堂のライブにて解散した。
寺岡呼人オフィシャルサイトのURLはhttp://www.faith-group.co.jp/YohitoTeraoka/

この2枚組CDのDISC-1の2曲目に収録


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽
前の10件 | - 1989年7月~9月 ブログトップ
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。